店長のねんぶつ

 

筑波ロードレース選手権 TC400

 

ある程度、レース活動が進んできた今だから?こそ どうしてそんな事やってるのかw

何をやっているのか

何をめざして、何処に行こうとしているのか?

ねんぶつも、昔から見てる人ってより、最近のお人が多いと思いますので、おさらい報告です。

 

 

古くは 1992〜1995年頃       約20〜23年前ロードレース SP400に参戦

筑波の予選落ちから、何とかかんとか、這い上がり 表彰台にも乗るような時もあった気がしますが、

たまたま上手くいってポールポジションや優勝もありましたが

  けちょんけちょんである。 

エンジンを組むという事は、少しは出来るようになった気が。

それこそ何基じゃきかないほどの数を組みました。

今から考えると、ツボを押さえていたとも言えるかもしれないですが、何もわかっていなかったが正解かと。

 

 

 サーキットから遠のきます。

 

2008年頃より たまに、筑波に行くようになる。 

2011年 在庫中古車 ZXR400にて、走行を機に、なんとなくまだ行ける などとんちんかんな錯覚に陥る 

この時10秒。(。・ω・。) 勘違い男すぎる

2011年9月そんな時 ZXR400Rで走行していたお客様バイク(エンジンブロー)が入荷する。 

そのアールで、行こうと エンジンを組む

それでも1ヵ月1回か 2か月に1回程度 お客さんと行くぐらいで、まだ熱中と言う感じでは無かったですね。

 

2012年も同じ   基本冬は走らない

走行を重ねて、ある程度タイムも出るようになってくる 1つの目標タイムだった4秒台達成(スポーツ走行Bクラス認定)

そんな時ひょんなことから筑波サーキットホームページにある

ランキング コースレコードを見る機会があり、最初は、2秒前半だったか

その後 コースレコードは、1秒9と言うタイム。

TC400 250という 今では決してメジャーなレースとは言えないレース

昔のF3 (何しても良いようなそんなレースやってみようと、作られたクラス)

 

なんであれレコードである。 どんなクラスであっても。

サーキットのレコードは、クラス分しかなく、今までいろんな人間が挑んで、挑んで 

出せた人は、 塗りかえられた人も含め どれくらいなのだろう。

当たり前ですが現保持者は、開催クラス数しかいません。

 

バイクをどんどん速くしてバイク開発で取ろう。

 バイクが速いだけじゃん と言われればそれも褒め言葉なわけで

行こう! 挑もう!と決めました。 

 

 

2013年 

3秒後半   3秒中盤   前半と 今思えば、走行のたびに順調にどんどん伸びてくる。

息とめて、えいや!とやった時 ついに2秒9が出る。

コースレコードの1秒落ちが練習で出れば、射程と考えて、目標としていたので、圏内に入った!と

B走行では、400ccでのタイム出しは、本当に難しく、まとめれば1秒アップは、行けると目標としていたのです。

2013年の筑波ロードレース選手権第3戦に、20年ぶりのエントリー

無謀な挑戦1回こっきりの挑戦!(この時はそういう気持ちで)

7月末 暑かった。猛烈に暑かった 32度~35度くらいだったと思います。

予選2秒5  1位  

決勝 フライング  ベストタイム 2秒5  レース活動が終った。

 

 

ですが、これで終れないよね。もう一度お願いします!と

10月開催の2013筑波ロードレース選手権第4戦にエントリー

大会1週間前 残暑とか言って、またまた暑い 30度 でも行けば2秒9なぞ出たりして調子はまずまず。

逆に言うとこの頃より、バイクを改良しても、パーツ変えてもタイムに反映されずというか。

そして、本番の前日 気温13度  なんと。2度の転倒。

理由はいくつもありますが、タイヤに依存する走りだったり、オーリンズフロントフォークのセットアップだったり

効くキャリパーだったり。ですが・・・・・・一気に下がった気温です。

そして こぎつけた 予選 3秒3という、最悪の結果 それも4秒コンスタントからどうしようとようやく出したタイム。

決勝は、500ガンマを追いかける展開 

 総合2位  クラス優勝ベストタイム 2秒6 

どにかこうにか本番はまとめた感じで終了

でも今考えると、今の仕様から実は10馬力は、おとるバイクで2秒5とは、ある意味自分で言うのは何ですが結構乗れていた。

ライダーががんばれ!!コーナーがんばれの精神で走っていた気がします。

 

2014年 

春のテイストに出場 

実はブローして、周りにも迷惑をかけまくってしまいました。

2014年は、いろんな意味で、反省も込めサーキット練習も含め

自分自身で 自粛期間と決め、休止

 

2015年 春1年ぶりに走行

筑波ロードレース選手権 4月第1戦  雨。

予選 3位  上2人はレインタイヤだった模様。自分はディアブロスーパーコルサむちゃだ。1位を狙うも転倒

決勝 リタイヤ

 

第2戦

予選は小降りの雨 ハーフウエット  予選11番手だったかな?

前回の教訓から予選は絶対転場ない!と決め走行 

決勝は、追い上げて抜いて抜いて 総合優勝  ベストタイム2秒4

 

3戦

予選 1位  2秒6

決勝  11秒の差を付けて総合優勝  ベスト2秒3

 

4戦

練習で良い感じだったのですが、豪雨の為開催中止 

実は練習時2秒3という強烈なタイムを出していたのです。

 

 

そして、シーズンオフ

あらためて動画を見返すと !!

すんごく振られている!? ベースが1991〜と考えると、27年前のベースモデルに

最新ハイグリップ スーパーコルサ入れて、エンジンチューンして

何故に補強を入れん?

当時の スリック履いて良いSSクラスでも補強入れるわけで。 ようやく気付いたか ばかめw(。・ω・。)

 

シーズンオフに挑んだ事

それは、もう一台 一からZXR400レーサーを作る事。

フレーム・スイングアーム補強をするという事は、フレームだけにする必要があり。。。。。

それは、ゼロから一台レーサーを作る事と同じだったのです。・・・・・・・・・・・・

 

そして。     。

フレームから作ったレーサーが完成 途中どうしてこんな辛い事やってるんだろと

何度も、吹っ飛ばされそうになりながらも  完成である。

 

そして 一月前挑んだ

2016年    3月12日

筑波ロードレース選手権第一戦

気温 予選時 4℃  決勝時  7℃

予選3位  タイム 1分3秒5

決勝 総合優勝  タイム  1分2秒4

補強の効果 手ごたえを感じました。

 

今は体を作っています。  2012年頃は83kgあった体重

今は67〜68あたりです。  もっと・・・・もっと絞って 挑む。

一体本当に、どうしたいの?と聞かれる ストイックに攻め込んでいるこんな事

いい加減やめたら。  40代 何かあったら。 そうだ。 そうかもしれない。

 

もう駄目だ。 駄目かもしれない  潮時なのか?

でも ようやく見えた1秒  もう少し

今までは、かすんででも   見えていなかった1秒  実は一番近く通りかかったのは 2013年だったかもしれない。

 

まだ  あきらめるわけには いかない。 

 

 

2016年6月4日(土) 第2戦  取りに行く。 今度こそ

 

 

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つづき

6月4日

練習のしすぎで、疲れ果てた。

本番時 疲労虚脱感  正直 今日お休みさせて下さいと言いたくなる状態。

そんな中 キャブを交換して挑むも外し  予選  3位  2秒5

決勝  もうろうとしながら 後続を4秒離し 優勝  ベストタイム2秒3

ただし、2位の岸本さんを引っ張る形となり、岸本さん レコード 1秒879

もうね。  勝ったのに何か 敗北感というか

 

まあかなり光というか手ごたえは感じてはいるのですが。何か上手く行かない

 

 

7月16日

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2016 7月16日 筑波ロードレース選手権第3戦 

ついに!1分1秒712 TC400 コースレコード樹立の巻

(長かった4年の歳月)

 

レースウイーク 今回は、体力的な物を優先

思えば復活の2013年より、前日、前々日とか、レースの週は、走り込む。

アスリートだって休むだろうし、今回は走り込むと言う事はせずに、挑む。

何かたとえば1週間前とかで今日は最後の練習で、後は本番とか、そういう恐怖観念にとらわれていたと言うか。

前日走っておけば安心なタイプ

 

前日大きな変更はしませんでしたが、サイレンサー

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過去いとうちゃんに店に取りに行ってもらった サイレンサー

少しでも抜けの良い方で。それで挑もうと。

あとは、ローターを軽くして、整備と磨き 増し締めをする。

 

朝いつものようにサーキット到着

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元気である。いつもは、決勝終るまで 起きているのに寝ているかのような、ボーっとしていますので。

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いとうちゃん 吉澤さんのお手伝いのおかげで、スムーズにサクサク進んで行く

2人がいなければ、本当成立しないのであります。

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パソコンを持ち込んで、動画なぞをみてイメトレ はじめてパソコン持って行ったけど

何かかっこいい。出来るチームみたい

 

予選

今筑波はピットからピットロードに入って良く、気が付くとはじまるよ!的な

コースインして、アタックする。予選は正直 まばらにライダーがいるので

タイムアタック的に厳しい事が多い

クリアーラップなるものが、まばらにいるせいで、無い

1人絡むと大体 ほぼロス無しと言う事は少なく、0.2〜大きいと1秒近くロスしてしまうので、2~3人絡むと厳しい

2周目で2秒3が出て、これは?となり、4周目に2秒0

それ以降は、本当クリアーが無く やめようかとも思ったのですが、アタックを続け

最後の周に、1ヘアピンで転倒

でもコース内に残るような、開けた直後リアからつるん!という転倒。

どうして??と 本当わけもわからず状態。

バイクの損傷は軽微 左ステップのみ。

予選は1位 (2秒0はベストタイム)

 

 修復は、2人に走りまわってもらって、にしもさんをはじめ、いろいろ借りたりして、ありがとうございます。

上村さんも、ゆきちゃんもありがとう!

原因は、乗り方が変わったせいで、リアにトラクションがかかりずらくなったのと、

リアタイヤのグリップ不足に悩む事が最近無くなったので、それならば、抵抗の無い多めに入れようとしたのが悪かったらしい。

サス調整を少しして、エアを落して、新品タイヤを入れ、整備完了。

軽微といえども、やはりそこは、ある程度時間がかかりました。

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よりよく!!ということで、方向性を話し合って頂いて・・・・・いるようです

 

11時半いよいよ決勝準備  やはりというか疲れが出ておりやす。

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走ってみてシフトペダル下げたいなあと思ったのですが、グリッド上では、駄目なんじゃない?的な

まあがまんするw

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スタートは、前回フライング気味だったので、次回は気を付けての注意を受けたので

まあ余裕を持ってスタート

前回大会にて岸本さんが出した1分1秒879のコースレコードを目指す!

 

スタート! いつもの感じというか、岸本さん1位 自分は2位にて、1コーナーへ

様子見のつもりで、いたのですが、は;;はやい

おまけにZXR400  うむ。  シフターが入らない。 フォーメーションラップなぞの時は入ったのに

決勝1周目から・・・・・はいらん。  仕方ないので手動でシフトアップ

ZXRは、1周10回シフトアップがあるので、大変であります。おまけに少なからずタイムに影響もするのでは?

と言っても仕方が無いので、超久々の アクセルによるシフトアップ

4周目あたり抜くつもりはなかったのですが、つい抜いてしまい?

アタック開始  

何となく序盤は苦しみましたが、少しの間2秒前半

今日本当に出るのか?出せるのか?の疑問と葛藤

懸命にアタックをつづけ  9周目  1秒7 10周目1秒7 

そこからは、ほぼ1秒台にて走りきる事が出来ました。

最後ラップショットの設定ミスで、1秒8で、グリーンランプが灯り(それがベストタイムの合図)

ええ?でも2回出たので間違いないよなあと、 チェッカー!!

今回はボードを出してもらっていたので精神的に、残り周回数がわかったので良かった。

今までは、残り5周あたりから、まだ終わらない。まだだいじょうぶ?

まだあるのか?と そんな具合

 

サイレンサーを変えたせいで、(ちょっとうるさい)このサイレンサー直近に誰かいるような音響設備になるのです。

だから、もしかして引っ張っていたり、レコードは、どう?!!とまず聞いて

出た!!大丈夫大丈夫と聞いて 一安心 

まあそれ以前に 帰って来た時のいとうちゃん 吉澤さんのはしゃぎっぷりが、半端ない感じだったのでw

決まったのだろうとは、思いましたが、やはり4年間出す出す詐欺を繰り返してきた身としては、不安でしょうがないのです

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 いろんな方のアドバイスや、応援のおかげです。

スライドで向きを変える。突っ込むだけ突っ込んでスライド。

 あれだけ闘い続けて、出なかった1秒台 決勝では何回か出して走る事が出来ました。  

 コースレコードの数は、レースカテゴリーの数だけ 

 その数だけです。たとえメジャーとは言えないTC400でもレコード 


筑波は歴戦の勇士というか、参考データも含め有名な人の名前があったりします。世界的な方なども

そこの並びで、TC400の欄に名前が載る。  感慨深いものが。  

優勝は、していたので、

 常勝 ・・・・・ありがたいのですが。。。。。。それではない感

 筑波サーキットのコースレコード

もしかしたら、本当すぐ破られるのかもしれませんし、あるいはちょっとは残るのかもしれません

 

 

タイム  1分1秒712    ZXR400

ライダーの力不足での4年 言うは易し そうなのかもしれません。

本当大変だった。長かった

応援ありがとうございました!